典礼コーナー

教区報に掲載されている典礼コーナーから転載しています。

入信の秘跡(洗礼・堅信・聖体)      
教区報82号より
 
前回は秘跡に共通する特徴として、キリストご自身が、いつくしみそのものである御父の完全な姿であることから「原秘跡」と呼ばれ、その姿を今日に伝える使命を受けた教会が「根源秘跡」と呼ばれること、そしてすべての秘跡が「みことば」によって始まり、御父との出会いに向けられていることを述べました。今回は「入信の秘跡」の中に、その特徴を求めてみましょう。

「入信の秘跡の緒言(4)」には、「すべての秘跡の中心であるミサ、すなわち主の晩餐と、それに向けられている洗礼と堅信は、キリスト教入信の秘跡と呼ばれる」と記されています。みことばとの出会い、三位一体の神との交わりの中で、「洗礼の秘跡」とはまさに、入信者が原秘跡であるキリスト、根源秘跡である教会に、主の「過越」の救いの約束のうちに招かれ、結ばれる秘跡です。その歩みは、「入門式」、「入信志願式(選びの式)」、「入信式」(典礼暦年の中では復活徹夜祭の典礼の中に位置づけられている)、「入信直後の養成期」という過程を通して行われます。

 段階的に行われる成人の入信の過程に御父のいつくしみがにじみ出ています。「入門式」には十字架のしるしを額に受けることによって、これから歩む道が主の恵みに裏打ちされていることがはっきりします。「入信志願式」では、「あなたがたがわたしを選んだのではない、わたしがあなたがたを選んだ」(ヨハネ15・16)と言うみことばの思いに、主のイニシアティブを感じ勇気づけられます。「入信の秘跡」では、復活徹夜祭の典礼全体に流れる創造から救いまでの出来事のうちに、みことばを通して行われた、御父の人類への愛がひしひしと感じられます。

さらに「聖体の秘跡」を通して、その御からだのいのちと御血のゆるしをいただきつつ、キリストご自身と固く一致させられ、「堅信の秘跡」を通して、聖霊の賜物を頂きながら、キリストの救いを人々と分かち合うために、世に派遣されていくのです。

どの秘跡も、教会共同体の集いの中で行われるようになっているのは、秘跡授与者の言葉は、集いの中におられるキリストのことばであるためです。洗礼の場合、奉仕者が「わたしは、父と子と聖霊のみ名によって、あなたに洗礼を授けます」と言うとき、そのことばは集いの中におられるキリストが言っておられるのです。感謝の祭儀でも、司式司祭が「これは、わたしのからである」と言うとき、集いの中におられる主ご自身が言っておられるのです。

 入信の秘跡によって、神の民の一員となり、聖体に与る(コムニオ)ことによってキリストに結ばれ、新しい契約の血に与って御父との和解が成立し、御父との出会いに向うことができるのはなんと素晴らしいことでしょう。